ただただ、年表をアップするだけだとつまらないので、ちょっとした解説とかつけてみようと思います。
なお、解説の文言は勝手に書いてあるだけで、当時のいいかげんな記憶から呼び起こしている程度のものです。
ふ~ん、って読む程度でどうぞ。
[年表はこちら。]
【Virtua Fighter 4 リリース】
2001年8月より、バーチャファイター4がリリース。
過去の格闘ゲームに例の無い「カードシステム」の導入により、過去のバーチャシリーズ以上に、プレイヤーの個性が前面に引き出されるゲームであった。
リングネーム、戦績、段位というシステムは画期的であり、プレイヤー人口は大きく膨らみ、VF2時代のを思い出させる盛り上がりを見せた。
特に「段位」という存在は、野試合の緊張感を大きく上昇させるものであり、この段位が大きなバロメーターであったのは間違いない。
なお、当時の段位システムは以下の通り。
10級~初級~初段~十段~小覇王~覇王
この小覇王システムがかなりのモノであり「小覇王状態で十段に10連勝」が条件。
当然小覇王は十段に一度でも負けると十段に戻り、十段は「小覇王」へ昇格。
以後、延々と対戦を繰り返すこととなるが、この「小覇王」へ昇格する行為が「十段ポイントの回復」へとつながることから
通称「ベホマ」(byドラゴンク○スト)と呼ばれ、小覇王戦でマイナス4まで追いやられた十段プレイヤーは、ベホマをする為に必死にならざるを得ない状況であった。
また、「覇王」に昇格してしまえば、段位戦での昇格降格がなくなるため安全地帯にもなった。
このため、段位戦を好まないプレイヤーは、早々に「覇王」へと「自作」する行為が全国で行われた。
この自作行為は、以後継続的に物議を呼ぶ行為となっているが、人それぞれの楽しみ方である、という大人の考え方をもてることがベストである。
多かれ少なかれ「段位」は今も昔も、プレイヤー達にとって重要な要素であることは間違いなく、カードシステムの醍醐味をプレイヤー達は肌身に感じていた。
【お手並み拝見】
2006年11月時点では「お手並み拝見5」までが開催されていますが、この2001年度のものが初代。
当初は「店舗大会」という位置付けであり、店舗代表者という制度等はなく普通の1DAYトーナメント。
【東京大会 ファーストトーナメント】
セガオフィシャルの個人戦。
関東圏内の店舗にて店舗大会を行い、その各店舗優勝者が、決勝大会へとコマをすすめる。
決勝大会の優勝者は「ネオタワー(JA)」。
しかし、当時の風習では「優勝者に特殊称号」という文化が無く、今から見たらちょっとかわいそうな優勝。。。
【格闘新世紀(予選)】
セガオフィシャルの最大規模の個人戦。
ひたすら勝ちつづけなければ全国大会へは出ることができないという過酷な大会。
店舗予選→エリア予選→全国決勝大会
まずは店舗予選を取ることがひとつのステータスとなり、店舗予選を渡り歩くプレイヤー多数。
店舗予選を勝っても、続くエリア予選でも過酷なトーナメント。
エリアごとに通過できる人数は設定されているが、東京地区のトーナメントは激戦区。
なお、東京エリアは「A」「B」「C」「D」の4地域に分割されていることから、どの地域で店舗予選を通過するか、というのも読み合いの要素。
当時、東京在住の某プレイヤーが名古屋エリア予選の当日枠を取り、そのままエリア代表となったことが、VF4BBS(品の無い匿名掲示板)にて祭りとなる。
(おそらく名古屋のプレイヤーが取るべきだ、ということであろう。)
しかしながら、勝ったモノ勝ちなVF業界。これはこれでいいと。
以後も、激戦区を回避すべく、地方遠征での代表権取得という行為はさまざまな大会で見られた。
(決勝の模様は2002年版にて記載。)
そんなわけで、まずはVF4元年の模様でした!